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LUMIX DMC-GH1を店頭で触ったのですがその際、おっかけAFになってたよです、多分。
表示エリアを適当な箱などにセットしてズームでワイドからテレ側にふっていくと表示エリアは位置が変わってもその箱をロックしていてAFロックの必要全く無し
というか自動追尾装置みたいと感じました。
流行のデジタル一眼の動画機能ですがLUMIX DMC-GH1は小回り利く面白い機体と感じました。
そういえば寝る向きですが20年強、南向きだった気がします。
それにしても今週月曜診療内科通院の為会社休みましたがその後体調不良で結局今週はまるまるお休みしました。
正直このままでは倒れる!とひしひしと感じましたので。
でも、月曜までもうすぐなのに未だ体調は良くないです(少しはマシにはなりましたが)
う〜ん、喜びは苦しみの中、それを乗り越えた時に何とも言えない高揚感に包まれると知人に言われましたが自分的にそれは無いんじゃないかと思っちゃいます。
自分の意志を無視して口が利けなくなったり、先端恐怖症のようになり目を開けられなくなる(一時的に)
身体が重く動かしても普段より動きがスローモーション、身体は常に重だるく午前中少し動けば午後から夜まで寝込む有様。
しかも睡眠浅くて良く目覚まし、体力はまるで回復しないし朝は身体が強張った感じですぐには動けない。
あくまでもこれらはストレス障害の後遺症で次から次に出て来るが身体的に検査しても異常無しの扱い。
例え無意識を意識的にコントロールできるようになってこれらを克服しても家の働き頭の父の身体を悪くしての退職と残された家の借金とこれからの生活費を自分が支えねばならない事。
ひとつ問題が片付いたと浮かれる状況でも無いと思います。
ましてそこから喜びは苦の中にしかありませんみたいにその人は説いてましたが、皆さんどう思われますか?
自分はかつて要領の悪さ、不器用さ、人と接する事の苦手さの為、常に自分を責め続ける日々を過ごしておりました。
これを変えるのは最もハンデ無くそして自分自身の限界に挑み、生と死の狭間で悟るしかないと体力づくりなどせず、気持ち一つで夜通し車を走らせ、朝には長野県の上高地に到着。
そこから徒歩11時間ぶっ通しで槍ヶ岳と言う3000mmの山を目指しました。
十分に食べてないのに加え、徹夜での高地登山。
しまいに雨が降り、日も暮れ、目的地が霧ではっきりしない中、一人で山小屋を目指しました。
レインウエアーも水浸しになり体温低下、空腹で手や足に力が入らないばかりかおなかにも力入らず踏ん張りが利きませんでした。
3歩歩いて横になって雨に打たれても休みまた歩き出しかろうじて山小屋には着きましたが
仮にあの場で動けなくなってたら確実に死んでました。
ホント、体力は無に等しく、わずかに残った気力のみで立っている状態だったんで。
これ程の思いをしても意識と心理の壁を越え精神的に大きくはなれず。
そこにあったのはこれだけやっても何も変わらないか!!という虚しさでした。
夏山でのこの出来事から数ヶ月して今度は穂高連峰の北穂高岳からの難所に身を置きそこからこれからを生きる為の強さを得ようとしましたがまるで駄目でした。
そうして半年後上手くいかない日々、死を覚悟しての登山からは虚しさ、など他にも多くの物に押しつぶされてうつ病になったんですが....
本当に苦しみを乗り越えた時に喜びに満たされるのでしょうか?上辺だけでなく心の底から?
ちょっと今日思う事があったので愚痴をだらだらと長く書いてしまいすみませんでした。
ただ、どうしても納得がいかなく皆様のお声を聞かせて頂けたらと思うばかりです。
あと、まとまりの無い文章ですみませんでした。
添付画像は秋に突破しました大キレットと呼ばれる痩せた尾根の中にある場所です。
http://www.mcci.or.jp/www/minamidake/daikiretto.htm
看板は逆側の山小屋にあるそうですが文字通り毎年2,3人が滑落して亡くなっている日本で一番危険な一般登山道です。
http://www.mcci.or.jp/www/minamidake/kiretto8.jpg
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